兵庫県知事の斎藤元彦が再選した昨年11月の知事選では、交流サイト(SNS)で大量の投稿が出回り、「バズる(急激に拡散される)」と呼ばれる現象が熱狂を巻き起こした。国内外の選挙でSNSの存在感が高まっていく中、あの経験は私たち県民にどんな影響をもたらしているのだろう。4月にあった県内各地の市長選を取材した。(連載取材班)

「明確に斎藤知事を支持すると言っているのは、茶谷候補、ただ一人です!」

4月6日に告示され、無所属の新人3人が争った伊丹市長選。街頭に立つ立候補者の学習塾経営、茶谷英明(58)の隣で、西宮市議が声を上げた。陣営には知事選で斎藤を支援したメンバーが名を連ね、西宮市議はその一人だ。

続いて茶谷が訴えた。「斎藤さんに投票した伊丹市民は3万人以上。その受け皿になろうと出馬を決意しました」

◆   ◆

告示日の阪急伊丹駅前。まばらな聴衆の中で伊丹市のパート山村貴子(仮名)がスマートフォンで茶谷の演説を録画していた。「斎藤さんを応援しているから来ました」

昨年の告発文書問題を機に、SNSで政治に関する情報を集めるようになった。斎藤に同情を寄せる自分は少数派だと思っていたが、X(旧ツイッター)で同じ意見を見つけ、投稿を始めた。

知事選に入り、地元を訪れた斎藤の写真をアップすると、どんどん閲覧された。「私みたいな、ただの主婦が撮った写真が15万インプレッション(表示回数)も見られて、『いいね』も6千。すごい反響でびっくりした」。表示の最高記録は27万回。「#斎藤さんごめんなさい」と添えた投稿だった。

それまで選挙で投票に行ったことはなかった。50年余りの人生で初めて「政治の高揚感」を味わい、斎藤の選挙ボランティアにも参加した。

今ではXを見ない日はなく、茶谷の動画を編集すると、その日のうちに投稿。「どれくらい見られるかな」と楽しそうに言った。

◆   ◆

4月9日昼、茶谷の街頭演説を撮影していたのは、関西在住のユーチューバー豊田二郎(仮名)。Xで告知を見つけ、駆け付けた。

高校生の子どもがいる会社員で、約6年前から動画を投稿している。ずっと自身の趣味をテーマにしてきたが、知事選から政治系の動画を撮るように。SNSで斎藤に関心を持ち、演説会場に行ったのが始まりだ。

SNS分析ツール「ソーシャルインサイト」によると昨年11月、タイトルに「斎藤元彦」の文字を含むユーチューブ動画は1カ月で2222本に及び、総視聴回数は約1億6千万回に達する。

ずっと数百回程度だった豊田の動画も、斎藤の演説はいきなり約15万回再生された。「反響があると、やる気が出る。斎藤さんの再選は『国民的イベント』だった」。その後も仕事の傍ら、気になる選挙を巡る。活動は赤字でも、楽しみが勝るという。

◆   ◆

知事選ではSNS上で「斎藤元彦」が「バズる」コンテンツとして定着し、多くの無名の投稿者たちが、かつてない反響を体験した。

SNSの投稿は、利用者の興味に合わせてアルゴリズム(計算手法)で自動的に選別され、同じような趣向や考え方の人の間で広がる。これが効果的に広告を閲覧させ、利益を上げるための仕組みだとしても、自分の発信に注目が集まり、共感が広がる喜びは生々しい。

茶谷は告示9日前に立候補を表明し、知名度は低い。それでも、熱心な斎藤支持者が演説を聞きに伊丹市外から駆け付けた。知事選で知り合った者同士、再会を喜ぶ光景も見られた。応援した旧斎藤陣営の地方議員は「有権者の反応は予想以上」と手応えを口にした。

当の斎藤は誰の支援も公言せず、茶谷は9571票で最下位。ユーチューバーの豊田は、斎藤や「NHKから国民を守る党」など「注目の人たち」が登場しなかったのを残念がる。パートの山村はXの投稿を続けたものの、表示回数は2万台にとどまり「斎藤さんは全然違う」と感じた。

各地の選挙で「斎藤」の名を掲げる動きは繰り返されるのか。

=敬称略=

連載へのご意見、ご感想をお寄せください。特設メールのアドレスは、[email protected]です。